2017.03.23 Thursday

スポンサーサイト

  • Author : スポンサードリンク
  • 0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    • - | - |

    2005.05.29 Sunday 16:32

    中田、イチロー、松井。誰にする?

    また、面白い記事が週刊!木村剛に載っていた。
    それは『[ゴーログ]中田英か、イチローか、それともゴジラ松井か?』である。

    私も何度か考えたことがある。
    世界で活躍するスターの3人は、非常にわかりやすい見本でもある。

    先に、私のイメージを言ってしまえば、

    中田=カッコいい
    イチロー=すごい
    松井=頑張ってる

    というイメージ。

    中田のストイックさは私の憧れるところでもあるので、サッカーにはまるで興味のない私だけれど、イタリアにいくずっと前から好きだった。彼の一挙手一投足に注目していた節もある。自分のスタイルを追及したい人間にとっては、非常にいい見本になるんじゃないでしょうかね。

    彼は、現役サッカー選手でありながら、東ハトの執行役員でもある。
    サッカー引退後というよりは、人生自体を1つのフィールドと考えているようにも見える先見性と頭のよさには脱帽です。
    常に先を見据えて、自分のフィールドを広げていく柔軟性もすごい。
    「俺ぐらい有名なら、解説者とか芸能界でやってけるよな」みたいに安易に考えるサッカーバカではないところがまたいい(笑)

    イチローは、日本にいるころから私の中では「天才」でしかなかった。
    好きな選手ではあったけれど、正直「真似は出来ない」類の匂いを感じていた。
    天才が努力したら、凡人が努力しても勝てないのはあたりまえ、というか。
    だから、ただ「すごい人だ」という目で見ていた。それは今でも変わらないどころか、「やっぱりね」と言う感じで思いを新たにしている感じ。
    私的には見本と言う意味では、見本にならないタイプ。観賞用という感じ。

    松井に関しては、私がアンチ巨人というせいもあって、日本にいた時は非常に嫌いな選手だった。だって、読売体制の見本みたいな選手だったもの。若いころには、生意気な勘違い発言も耳にしていたし。
    だから、巨人を出たいと言った時には、ちょっと見直したけど「あなたの実力が世界で通用するかは微妙だよ?井の中の蛙がどこまで頑張れるのかしらね?」という意地悪い見方をしていた。

    でも、松井に関しては私の誤解もあったので、今は応援している。
    松井という人間の個人の魅力って奴ね。
    マスコミやファンに対するサービス精神と人間としてのバランス感覚。
    非常に日本人らしいところを発揮して、アメリカでも受け入れられているのが松井という人間という気がする。

    以前、イチローと松井の対談をテレビで見たが、非常に面白い対比だった。
    私は、イチローと松井の個性を逆に捕らえていたことに気づきましてね。
    意外にも大らかでバランス感覚に優れているのが松井の方だったんですよ。
    気難しいのは、イチローの方みたいな。
    人間としての器の大きさは松井の方に感じた。

    松井にかっこよさは感じないけれど、人間的な魅力は感じる。
    松井は美しさとかカッコよさとかとは無縁な気もする。
    なんとなく、泥臭いさというか素朴さというか…スマートな感じの魅力ではないのね。

    とりあえず、アメリカでも通用しているので、彼にも大きな才能があったこともわかったし、人間的なバランス感覚っていうのは一朝一夕で身につくものではないので、これも才能の1つだと思う。これがあるとないとでは、かなり人生の上での選択に違いが出て来ると思うし、おそらく読売体制の中でも並外れたバランス感覚でいろんなことを乗り切ってきたんだろうな、と思うとやはりスター性を感じるんですよ。

    タイプの違う3人のスターですが、3人の共通するのは「精神力の強さ」って所だと思います。となると、これはあらゆることの基本ってことなのかもしれません。
    どんなに才能があっても本番に弱かったらお話になりませんしね。

    で、結論としてこの3人の中で誰が一番好き?と聞かれると、やっぱり私は中田です。実は、コッソリ「中田語録」持ってます…しかも初版(汗
    元来こういうものには一切興味を示さない私なので、異例中の異例。
    コレを買ったのはモデルを求める年頃だったので、余計に響いたんでしょう。

    なんにしても誰に憧れようと、こういう人たちが多く生まれることは非常にいいことですよね。スターは光り輝き導きを与える、言葉ばそのものの存在のような気がします。スターがスターの連鎖を生むのが理想ですよね。

    2005.05.23 Monday 01:22

    続・女性専用車両

    この前、女性専用車両について、張り切って書いてみました。
    書いたからには乗らなければ…ということで、この間乗ってみました!

    とかいって、客先に直行する時に、最後尾が乗り換えにちょうどよかったってだけの話だったんですがw

    で、どうだったかというと…くつろげた…w
    だって、空いてるんだもん(爆)
    理由はそれだけ。
    鈍行だったせいもあったんでしょうが、空席だらけでしたね。
    当然、座って爆睡していきました(汗

    ちょっと、どんな方が乗ってるのかなぁ…と思って、回りを見渡してみたんですが…時間的な問題なのかもしれませんが、若い人は非常に少なく、私より年上と見受けられる女性が多かったです。

    なんか、趣旨が違う感じが・・・(私、またなんか失礼なこといってる?)

    でね、何よりもびっくりしたのが…
    すでに、女性専用車両じゃなくなってますよ?

    先週の金曜日、私は通常先頭車両に乗りますから、逆方面の電車の最後尾車両が見られるわけですよ。
    よゆーで、おじさんいっぱい乗ってましたが?
    乗り換え駅でも、下車駅でも。
    目を疑いましたよ。

    始まって1週間〜10日くらいは警備員みたいな人がいましたが、今はもういません。社内放送か、乗り換えの交差地点のところで一生懸命、大声で告知してる駅員さんしかみない。

    この試み、もう終わりですか?(爆)

    コレをやるために、それなりの額の予算も投入してるだろうに…無駄金?

    いったい何がしたいんだ…すごい中途半端ですな。
    女性専用車両は、強制じゃないのか?
    出来たら男性は乗らないでね?レベルなの?

    まぁ、一応「女性専用車両」というルールみたいなものが出来たわけですから、それに従わないおじさんたちも、おじさんたちですけどね。

    全くどうなっちゃんてんだかw
    と唖然としているのであります。
    でも、ちょっと面白いね。ヾ(ーー )オイオイ

    どうするんですか?鉄道会社さん!

    2005.05.04 Wednesday 22:28

    女性専用車両ねぇ…

    木村さんが意外な話題に触れていたので…ちょっと書いてみたくなりました(笑)

    なんか、最近、女性専用車両って増えてますよね。
    私が通勤に利用している線にも出来ました。
    まぁ、私は利用する気はまったくないですけど。

    意味あるんですかね?アレって。
    しかも、通勤時間オンリーですから、その車両が下車駅の階段のところでちょうどいい…という具合に利用していた男性にとっては迷惑この上ない感じじゃないですかね。

    更に言えば、私は1両目が乗り換えの際の階段に一番近いので、必ず1両目に乗ります。でも、私の利用する線の女性専用車両は10両目、という恐ろしいことになっています。

    女性専用車両に乗ろうと思ったら、下車駅でホームを端から端まで歩く時間を考慮して、家を早く出なければならないってことですな。

    それならば、結構ですわ。

    「男性専用車両」の話題も出てましたが、誤解されていると思われる男性は、傍から見ている私も結構みます(笑)
    にらまれてる男性見かけますよ、確かに。
    ぶつかっただけじゃん?って見ててわかる時あり。
    こんなこと言ったら何ですが…「いや、キミのことは触らないと思うよ?自意識過剰なんじゃない?」という女性が多いのは…偏見かしら(汗

    あ、でも、通勤かばんの角が足とかに刺さるとマジで痛いし、不快な場所(特に背中)とかに新聞や携帯のアンテナとかが触れるとにらんだり抵抗したりしますが、それは痴漢と思っているわけではないので、ご安心を(笑)

    混雑でたまたま触れてしまった場合と、明らかに痴漢の場合は触れ方が違うので、わかると思うんだけどなぁ...。

    とはいっても、女側としても告発する場合は、悩んでます。
    「この人は、痴漢なのか、それとも単にぶつかっているだけなのか」ってことはちゃんと考えていて、誰彼構わず「この人痴漢です!」って言っているわけではないし、それで言いそびれて痴漢を野放しにしてしまっているという場合もある。

    やっぱり考えますからね、痴漢は犯罪ですから捕まったらその人の将来を壊しちゃうってことを。
    とはいえ、逆を言えば、痴漢の癖に痴漢じゃない、と言い張る痴漢もいる。

    これは女にとって恥ずかしいことです。
    それこそ回りの目が「こいつ自意識過剰なんじゃねーの?」ってなりますから。

    痴漢を告発すること自体が勇気がいることでもあります。

    それからこれは、父が遭遇したケースですが、明らかに痴漢をしている男がいて、近くで見ていた男性が告発したら、痴漢が告発した男性に向かって「こいつが痴漢だ」と言い出したそうです。
    女性が戻ってきて、事なきを得たんですが…そいうのも怖い。

    不自然に両手を上げている男性とかを見ると、本当に気の毒になります。

    女にとって痴漢は天敵で、正直すごく怖いです。
    私がはじめて痴漢にあったのは、高校入学数日後。
    満員電車を使うっていうのが初めてで慣れていない上に、そんな目にあって、私としたことが泣きましたし、誰にも言えず、暫く電車に乗るのが怖かったです。

    それから、私も経験がありますし友人でも何人かいましたが、車両を変えてもついてくる痴漢というのもいます。
    こうなると、電車を降りるのが怖くなる。夜だったりなんかしたら特に。

    軽く考えられる問題ではないと思います。

    でも、女性専用車両の効果って考えると…非常に微妙じゃないかなぁ。
    殆どの男性は、痴漢なんてしないわけだし、女性だけを集めてしまえば痴漢にあわない、それは当然の発想ですが、根本解決にはなってないわけで、なんというか、「とりあえず」って言う感じがしなくもない。

    下手すれば、女性専用車両に乗っていなかった女性が痴漢にあったら、「女性専用車両に乗ってなかったんだから触られても文句いうな」っていう話にもなりかねない。常識的に考えてそうはならないと思うけど、犯罪者の発想って言うのは自分に都合のいいように出来てますからね。

    まぁ、大人になるに連れ、慣れと申しますか、とっ捕まえて怒鳴りつけるっていうことするようにもなったわけで、意外と自分でも対処できるようになるもんですが(爆)

    しかしねぇ…痴漢する人の心理ってどうなってるんでしょうか?
    性癖というのであれば、正直、治るとも思えないから、根本解決はあり得ないということになってしまうし…難しいところです。

    母に聞くと、大昔(30年くらい前かしら)も女性専用車両というものが存在したそうです。
    それが、いつの間にやらなくなっていた。
    コレがどういうことか…。
    この試みはいつまで続くんでしょうかね。

    でも、ちょっと女性専用車両がどうなっているかを観てみたいという好奇心もあり。女性しか乗ってない車両ってどんなだろう…。

    まぁ、さすがに30過ぎたら痴漢にもあわなくなった私が、あーだこーだ言ってもしかたないですけど(爆)

    男性、女性双方、敏感になっていることは確かです。
    これが、車内の監視の目になれば「女性専用車両」の効果っていうことになるかもしれませんね。啓蒙というか、痴漢に対する脅しって感じでもあるのかな。

    意外と、車内で突然流れる「痴漢は犯罪です」っていう放送の方が効果あったりして…とも思っちゃいますが。

    でも、「痴漢された」といって訴訟に持ち込みお金をせしめる、という犯罪もあると聞きます。それを考えると女性用があるなら「男性専用車両」があってもいいと思いますが、それをするとキリがないという気がしなくもなく。
    正直、乗る車両は自由に選ばせてほしい。
    というのが本音です。

    2005.03.07 Monday 23:00

    ホリエモン狂想曲

    ずっと、書こうかどうか迷ってました。
    でも、書いちゃいましょう(笑)

    泥仕合の相様を呈してきた、ライブドアVSフジテレビ。
    最初は「またかよ、ホリエモン」と思ってみてたんですが・・・なんとも、フジテレビがみっともない感じがて来ました。

    「フジテレビはよそより早く手を付けている自負がある。片腹痛い。何をおっしゃっているのかと」
    あら?村上社長…丁寧に言っても、感情的になってるのがわかっちゃうわよ?社長としての焦り、危機感、株主責任の重圧が表に出ちゃってます。
    なんか、弱弱しいですよ?

    あっという間に司法まで動き出してなんか汚い感じもするし。
    今まで放置されてた時間外取引が、なんで今になって急展開で禁止の動きになるわけ?正々堂々と戦えや。

    って、まぁ、これが新旧世代の違いなんだろうね。
    根回しVS正面突破

    とかいって、私はフジテレビがどうなろうと知ったこっちゃない。
    一番観ないチャンネルだからな。つまんないんだもん。
    視聴率が取れる商業的に成功してるれっきとした企業なわけで、私的には放送倫理とかとは一番遠いところにいるイメージが強い。フジのニュースなんてバラエティに埋もれちゃってるじゃん。つまり、おカネが動けば内容なんて何でもいいというあざとさと、無責任さが鼻につく放送局だと前から思ってたんで。

    だからといって私は堀江氏を応援してるわけでもない。
    以前にも書いたことにあるように、私は堀江氏があまり好きではありません。なぜかというと、やりたいことはわかるんだけど、イマイチ曖昧だから。堀江さんの話を聞いていると、どうも可能性に終始していて具体性に欠ける。ビジョンは立派なんだけど説得力に欠けるんですね。
    あと、態度が不遜なことです。損な性格だなぁと(笑)

    以前、日本テレビでやっていた堀江さんご自身が出ていた番組を見ていて、思わず苦笑い。
    「言わない方が良いといわれたのでいいません。」とか言い出すし、「よくなれば良いと思いませんか?どうなんですか?」と詰問。
    政治家のように相手の言葉に言葉をかぶせる喋り方。
    メディアを改革したい人がねぇ。。。うーん…どうなのよ、と。
    見ていて痛々しいのですよ。
    「全然、疲れてません」とむくんだ顔でいわれてもなぁ・・・。

    ニッポン放送株の大量購入の記者会見の際「フジテレビ・・・」とかわざと間違えたのは大爆笑。挑発以前の問題だったような・・・。
    もっと、うまくやればいいのに、と見ていてもどかしい。
    頭がいい人のはずなのに、頭のいい人に見えない…σ(^◇^;)

    日本をアメリカナイズしたいのかな?とも思ってしまったり。
    まるで、アメリカのトーク番組でも観ているよう。
    実際、欧米ではウケが良いみたいですね、堀江氏は。
    日本人の曖昧さを払拭したいと考えているのかもしれないけれど、ご自身がもっと説得力を持たねば。
    感情的になって話している限り、説得力は生まれないですぜ。

    あそこまでの歯に衣を着せぬ物言いは、今までの経営者の中で確かにいなかった。でも、なんでしょう・・・挑発してるだけにも見えてしまう。
    結局は、注目を集めるための…人寄せパンダ、はたまた単なる目立ちたがり屋なのか?

    新球団の時はまだ良かったけど、さすがにココまで来ちゃうとあざとさを感じずにはいられない。目立つことが目的のように見えるんだよね。戦略がハッキリしないし、本当は企業買収が目的でメディア改革なんて考えていないのではないかと疑いたくなる。

    おっと、あざといもの同士の戦いなのか?(笑)

    ライブドアの本業を考えると、ピンと来るのはライブドア証券くらいなのよね。まぁ、言ってしまえば本業はどれもパッとしない。
    ソフトバンクや楽天なんかは、主軸の事業は明確。
    でも、なんかライブドアってその辺すらハッキリしない胡散臭い感じがあって、山師的印象がずっと拭えないでいる。社名先行というか。
    まぁ、元々社名も買ってるくらいだものね。私も会員だった無料プロバイダー「ライブドア」♪

    どうせやるなら、頭の堅いおっさんたちを手玉に取るくらい、賢く立ち回って欲しいわ。今は、振り回してるだけにしか見えませんよ?
    前から、中高年なんかいらない発言繰り返してたからねぇ・・・うまくやれるわけないのかな。
    物議を醸し出すのが、恐らく彼のやり方だと思うけれど、手としてはいい手であっても巧くない。

    以前、堀江さんの本を一冊読んでみましたが・・・いや、正確には読みかけた、とでも言いましょうか。最後まで読めなかったのよね…何故か…堀江ファンに怒られたくないので黙ってます。

    やりたいことは、わかるんだよ。
    実現できれば素晴らしいと思うよ、実際。
    フジの番組を良く出来たら素晴らしい(爆)

    だからもうちょっと、具体性をみせて欲しい。
    借金が嵩んじゃった上に、裁判までやっちゃったら…社員はどう思ってるのかしら。
    まずは、本業回帰からしてはいかが?って本業がライブドア証券なら正しいかw
    そういえば、以前、堀江氏の本を買ったら抽選でライブドアの株が当たるっていうすごいキャンペーンやってたな。やっぱり株屋なのかな?

    「Newsweek」までもが2週連続でライブドア騒動を取り上げます。
    時の人にならないよう・・・同じ年のよしみで祈ってます。

    ま、何より双方、将来に生かせる結果を導けるような試合をしてくださいな。

    2005.03.06 Sunday 20:42

    PDA?

    なんか、週刊木村剛モノログ横丁で、面白いお題が来ました(笑)
    「皆さん想い出のPDAは?」とな?

    PDAについて語る機会など、滅多にないので書いてみようかと思います。

    PDAといえば、私は、iPAQでございます。
    しかし・・・今や、埃かぶってますσ(^◇^;)
    予約してまで買ったのにw

    私が持っているのは、初期の3630。
    出張時のために買いました。
    既にパソコンなしでは生活出来ないほど、PCにどっぷり浸かっていた私でしたが、大概の出張は1週間で荷物が多い上に、仕事で使うセキュリティの厳しいノートPCも持っていかなければならない。ならば、自分用はPDAだよな、という流れになったわけです。

    しかし、転職して出張とは無縁の生活になり、会社でも一日PCの前にいるという生活ではあまり必要性も無くなってしまったのですな。

    それと、あまり使いこなせなかったというのがあります。
    設定が面倒な上に、うっかり充電を切らしてしまい設定が飛んでしまうという事態が続き、めんどくさくなってしまった。
    ワードやメールは良く使ってたんですけど、インターネットに関しては画面サイズが合わないので見にくいし、データ通信はAirHでも64Kが精一杯の時代でしたからDLに時間かかり、通信料も嵩む。
    音楽を聴いたり、書籍をDLして読む…とかやりたかったんですけど、イマイチ良くわからない…ってな具合。σ(^◇^;)
    本も何冊か買ったんですけどねぇ。私がやりたいことはあんまり書いてなくて…。

    使い方が簡単で充電も長時間持つ感じだったら、多分今でも使ってたと思う。今のはそんなことないみたいですけどね。
    実際、超使いこなしている友人もいますから。

    でも、まぁそんな感じでも、資格試験の勉強には重宝してました。
    ワードでまとめたものをシンクさせてPDAに落とし、ラッシュの狭いスペースの中でも片手で復習をしてました。

    そもそも、私は購入時、非常に迷った。
    何に迷ったかというと、Palmとどっちを買うか。
    私が、iPAQを買った時は、カラーのPalmが出るかでないかの時期。
    値段的には、Palmが断然安かったんですけど、バックライトを採用してて更にカラー、WindowsCEならパソコンとの連携が簡単に出来る…と散々迷った挙句、iPAQにしました。

    あの時は、PDAについて相談できる相手は誰一人いなかったし。そもそも、PDAを知っている人間自体が少なかった。
    私は…なんで知ってたのかな?
    ともかく検討は、専ら雑誌に頼ってました。

    でもね、『シンプリーパーム』という本を読んで、見事にWindowsの戦略に乗せられただけだった、といことがわかり、ショックを受けました。

    シンプリー・パーム―理想のPDAを目指して
    シンプリー・パーム―理想のPDAを目指して
    アンドレア バター, デビッド ポーグ, Andrea Butter, David Pogue, 小林 淳子, 伊藤 正宏

    この本、メチャクチャ面白いです。
    Palm誕生秘話が満載で、Palmマニア必読であると同時に、ビジネス書としても非常に良く出来ている最高に面白い本でした。
    私が買うときにこの本が出てれば・・・(T^T)

    まぁ、日本では携帯電話が発達し過ぎてしまっているので、ものすごく、あり得ないくらいPDAが便利にならない限り、PDAが流行ることはないでしょうね。実際、PDAを知らない人も未だにいますし、現物を見せても、その有用性をまったく理解してもらえない、ということばかりでしたし。

    私は、携帯電話は全然使いこなしてないクチ。この先も携帯電話を使いこなすことはないと思います。
    携帯電話より先にパソコンを使いこなしていた人間にとっては、何故パソコンで簡単に出来るのに、あんなチマチマして動きの遅いものを使いこなさなきゃならないんだ?となっちゃうわけですよ。

    PDAは好き。出来れば使いたいと思う。
    でも、今持ってるiPAQには、若干辟易しているかな。
    コレは、カーナビにでもしようかと思ってます。

    次買うなら…多分、Palmを買うことでしょう。
    でも、その前に…デスクトップPCが欲しいです…テレビが観られるヤツね。

    PDAマニアのmittan_nyaくんにも記事を書くように誘ってみようと思います。
    ってか、コレ読んだら書けよ!(笑)

    2005.01.23 Sunday 03:17

    共同通信・小池編集長・・・中途半端ですから〜!残念っ!

    私もこの騒動については、記事を書いた人間なので言及します。
    私は傍観中立の立場でしたが、暫くの間は、気にしてたんですけどねぇ、小池氏がどうでるか。なかなか出ないので、日々の雑事と共に片隅に追いやってしまっておりました。
    すみませんm(__)m

    まず、結論から言えば、小池氏の見解を読んでガッカリした、というのが本心です。

    ブログならまだかわいい方で、外国の超有名誌でも間違った発言、更に捏造記事だってありました。予測記事なんかは当たり前ですが、明らかにフライング、自信過剰な記事ってあるんです。

    人間がやることですから絶対はないし、魔がさすこともある。
    ただ、やってしまったらやってしまったで、それに対してどういう対応をするかってことが重要なんじゃないでしょうか。

    ジャーナリストが発言にはきちんと責任は持つのは当たり前。

    例えば、「Newsweek」誌の国際版編集長である、ファリード・ザカリア氏がイラクに関して書いた記事が見事に外れたことがありました。かなり自信満々でしたが、素人の私ですら「そりゃないだろー」って思う見解だったんですよ。
    んで、どうでるかねーと思ってみてたら…しっかり間違いを認めましたよ。
    なんかゴチャゴチャ言ってたけど、とにかく認めて何故そう思ったかをきちんと説明しました。(著作権の関係で引用できないのが残念ですけど。NewsweekのHPに会員登録すれば見られます。2003年10月22日号を参照)

    ザカリア氏は、最後まで自分の発言に責任を持ちました。
    実は、私はあまりザカリア氏が好きではないのですが、アッパレ!と思いましたよ。
    ザカリア氏ほどの人が、間違いを認めたんですよ?生半可な勇気じゃないと思いましたよ。自信満々に間違ったことを言いましたが、逆に信用する気持ちが大きくなりましたね。

    この点に関して、小池氏はどうでしょうか?

    「若い世代の活字離れが叫ばれて久しい。今の新聞記事が難解なことも要因の一つだ。高校生たちが読んで分かりやすく、それを基にコミュニケーションが形成されるようなニュース。そうしたメディアを目指すべきであり、そのためには当面、活字とwebをつなぐ実験しかない」by 署名で書く記者の「ニュース日記」CH-K編集部 小池 新 [前進するために]


    と共同通信でブログをやる意義はちゃんと整理された。

    でも、肝心な見解が、
    たとえ内容は「公人に対する自由な評論」だとしても、本来のこのサイトの精神とは懸け離れたものだったと言わざるを得ない。正直に反省する。by 署名で書く記者の「ニュース日記」CH-K編集部 小池 新 [前進するために]

    太字の部分、余計だと思います(爆)
    なんか煙に巻くと言うか、渋々反省した感じっていうか・・・微妙な感じじゃありません?なんとなく、政治家の「遺憾」と同じ臭いがしませんか?

    なんでしょうね、プロとしての意地っていうかプライドが邪魔するんでしょうかね?口では反省するって言ってるけど、あんまり反省してない感じだよね。

    さらに、
    何人かの人が、共同通信というマスメディアの枠の中で記者個人が実名を出してメッセージを発信することの意味を肯定的に語ってくれた。中には「過褒」(褒めすぎ)と思える言葉もあった。素直に感謝しているし、お礼の意味でも、僕の考えを述べなければいけないと痛感している。by 署名で書く記者の「ニュース日記」CH-K編集部 小池 新 [前進するために]

    と仰っている。
    私は批判派ではないですが、正直、そのあからさまな態度に疑問を抱きましたね。
    だって、あれだけ大騒ぎになったのに、批判した人には言及なしですよ。
    おかしくないですか?
    むしろ、意義の再考を促してくれたのは、むしろ批判ではないですかね?「批判は聞く価値がない」とも取れちゃいますよ?

    企業のクレーム担当から「例えこちらにとって不都合なことでも、意見を言ってくれるお客様はありがたい」という話は良く聞きましたし、私自身お客様の苦言を受けた時は腹が立ってもそう思って自分を宥めていた、という経緯があります。
    批判されるのは誰だってイヤです。
    一番怖いのは何も言わずに離れていく人で、失地回復の余地はありませんが、苦言を呈してくれる人にはまだ、聞く耳は残っています。

    無言派は、2度と共同通信ブログに来ることはないでしょうし、このブログや共同通信について聞かれれば間違いなく、批判的なことを言うはずです。そして、それを聞いた人が、別の人に聞かれれば同じように批判的なことを言うでしょう。信用ってそうやって失われていく。

    でも、苦言を呈してくれる人は良くなって欲しいから言うわけですし、ただ腹が立っただけで言っただけとしても、今まで見えなかったものが見えてくる。企業も人も手前味噌になりがちですからね。反対意見は大切です。そういう人たちに対して、何もないっていうことは残念ながら、批判派を無言派に追いやることになりはしないでしょうか?

    多分、ご自分の中で何か引っ掛かってることがあるんでしょうね。
    だったらそれを言わないと。

    もっと言えば、ジャーナリストなら自分は間違ってない思うなら、叩かれてもそれで通してみたらどうかと思うんですけど、どうでしょう?
    逆に「自分が間違っていた」と思うなら、微妙な言い回しをしないで、はっきりと「私が間違ってました、ごめんなさい」ってところから始められないものかしらね。

    自分の本心からはじめないと、その後はない気がします。
    間違っていると思うなら、まずそれを謝罪するなりハッキリ認めるなりしてから、今はこう思っている、って書かないと聞く耳持ちませんよ。
    間違っていないと思うなら、その根拠をしっかり提示するべきだと思います。
    曖昧な態度が一番、不信感を呼ぶし、日和見にも見える。

    自分の声を持たずして、ジャーナリストとは言えないと思います。

    ご自分と共同通信の関係に関しては、これからもっと考えたいと仰ってるので、それで良いと私は思ってます。
    だけど肝心な明確さ、というところでは・・・疑問が残りますね。
    迷いみたいなものがにおっているように感じているのは、私だけでしょうか?
    こんな中途半端な見解を聞かされるくらいなら、トン面してくれた方がまだ良かったかも。非常に残念です。

    2005.01.15 Saturday 00:40

    どうなる?NHK「番組改変」問題

    気になる。
    どうなるんだろう。

    私は、番組自体は観てないけど、朝日新聞の問題の記事は読んだ。
    これが民放だったら、また展開は違ったんだろうと思うんですが、NHKですからねぇ。

    「従軍慰安婦」という微妙な問題だけに余計にことの進退が気になります。
    どっちが主張を引っ込めるのか。

    まず、NHKが「従軍慰安婦」という微妙な問題を扇情的に作る、っていうのも考えにくいし、朝日新聞が政治に関連する記事を捏造するとも考えにくい。

    気付けば、泣きついたはずのNHKが朝日新聞社に抗議してる有様。まぁ、泣きついたといっても、一社員が勝手にしたこともしくは、一社員がしたことにするのが上層部のスタンスでしょうから、基本はお国側でしょうな。

    ただ、メディアとしては朝日新聞もNHKに引けを取らないメディアですから・・・どうなることか。
    とはいっても、朝日、負けそうだけど。
    結局、逆らえないんじゃないでしょうかね?政治部の記者がやりにくくなりるし。お国に逆らうほど、大新聞に骨があるともあまり思えない。

    でも、政治家+NHK VS 朝日新聞という大メディアがぶつかるとどうなるんでしょうかね?

    んーそうはいっても「番組改変」させられた、とNHKが言ってもあんまりねぇ。元々NHKの番組って大した自由性はないものだから、そういうものと捉えてるし。NHKの番組って確かにいいものもあるけれど、「NHK的」という括りがあるのも確かだし。

    たとえ、中川・安倍両氏がくだんの発言をしていたとしても、「表現の自由」の侵害だ!という憤りはあまり感じないのが正直な気持ちであったりもします。

    もう既に、言った言わないの話になってるし、またコレ、事実確認できないタイプの話じゃない?
    結局、うやむやのままで終わるのかしらねー?
    政治が絡んだこの手の話って気付くといつも尻すぼみでしょ?

    ま、結局は興味本位ですかね。

    2005.01.14 Friday 23:20

    「検事の視点」と「弁護士の視点」

    今日の「週刊!木村剛」のお題にちょっと関心を示す。

    「検事の視点」と「弁護士の視点」

    「検事の視点」と「弁護士の視点」とは、

    前者は物事を批判的に見ようとの視点で、これなくして評論や批評は成立しません。後者はどんなわずかなことでも良い点を見出そうとの視点で、これが新たなる才能を発掘する源泉となります。 by 「Fireside Chats」

    ということである。

    人間は、感情の生き物であり、好き嫌いに左右されることも多々ある。
    常に冷静に物事を判断する、ということ自体が難しく、誤解が僅かであっても判断が狂うこともある。

    では、それを回避するにはどうしたらいいか。
    それが、「検事の視点」と「弁護士の視点」ではないだろうか。
    批判と肯定。言い換えれば、多面的に判断を下す、ということだろう。
    また、この視点を持つ際、最後の決め手は「落としどころ」だろう。
    100%批判の対象になる記事、100%肯定されるべき記事ばかりならいいのだけれど、批判する部分が多くあっても、肯定できるところもあるっていう記事も少なからずある。
    ただ、批判部分を捉えて判断をそのまま「批判」としてしまうのは、やや軽率といえる。

    防衛本能といってしまえばそれまでだが、狭い関係ならまだしも、もっと広い公的な関係でもその傾向が見られる。広がれば広がるほど、利害や自己評価といったより内向きな判断基準も生まれてくるのが不思議である。

    また、逆に自分の好きな人物に対して、「肯定」だけしかもたない、というのもやや軽率であると思う。
    それは、その人物に対する「妄信」ともいえるわけで、これもまた正当な判断を狂わせる一因になるというのが面白い。
    全てを肯定してしまえば楽。でも、それはその人物に「判断を委ねる」ということと近似形になってしまうのではないだろうか。

    ココ暫く、木村剛氏に対する批判と肯定が吹き荒れていた。
    私自身は、傍観を決め込んでいた。なぜなら、私の中での「落としどころ」がつかめなかったから。それは、今も変わらない。

    私は木村氏に対しては基本「肯定」の立場。

    ただ、最近の「週刊!木村剛」に関しては、「コレはおかしいから指摘する」といいたいのか「やりこめる」ことが目的なのか、よくわからない記事やTBも多く、正直私は引いてました(笑)
    双方冷静さを欠いちゃいないか?と思うこともあったし。
    必ずしも議論に勝つ必要はないわけで、痛みわけってこともあっていいはず。白黒必ずつけなきゃいけないのかしらね?

    なお、これまで「週刊!木村剛」は、あらゆるトラックバックは削除しない方針を採っておりましたが、残念ながら、世の中には基本的なマナーすら弁えずに、「検事の視点」でしかコメントできない方々がいらっしゃるということも確認できました。色々と考えましたが、今後は、歪んだ「検事の視点」からコミュニティを荒らしにこられる方々のトラックバックについては原則として削除する方針で臨んでいきたいと思っております。

    んーそうなんだ。
    いいのに、置いておけば。
    確かに木村氏のブログだから、木村氏の好きなようにしていいと思うけれど、読む側としては何でもありの方が開かれたコミュニティって感じはしますけどね。
    木村氏がスルーすればいいだけじゃないかしら?ダメなのかな?
    アレかな、やっぱり木村氏のファンが多いサイトだけあって、批判は火種になりやすいから管理が大変なのかしらね?

    ポジティブかネガティブかっていうのは個人の考え方のクセであって、どう頑張ってもポジティブに考えられない人々も存在する。
    そういう人たちに、ポジティブにモノを言えっていうのも無理な話で、そういう人が意見をいっちゃいけないかというとそれも無茶な話。
    そもそも、ネガティブ思考を常としている人にとっては、自分の発言がネガティブと考えもしてないものなんですが。

    もちろん、確信犯も少なからずいますけど、批判意見は批判意見として掲載することであらゆる人が参加するサイトになってくるんじゃないでしょうか?肯定派多数になると、内輪っぽくなってしまい入りにくい空気も生まれて来たりもするわけだし。

    ルールを作るなら作るで、独自のものではなく公共性のあるものにしていかないと傍流に落ち込むわけで、結局ルールの意味はなくなるというか、締め付けと感じられてくるんじゃないでしょうかね?そうなると、閉じられたコミュニティとなりかねない。

    まぁ、でも最低限「発言と情報を吟味」して書きたいものです。

    木村さんもお忙しいこととは思いますが「質」だけは落とさないように、工夫していただけたらと思います。(「質」が落ちるくらいなら、最悪、木村さんご自身の記事は週一でもいいと思ってるくらいです。)

    2004.11.18 Thursday 23:59

    疲れたから・・・

    今日の「週刊!神部プロデューサー」のお題は、【「忙しいから・・・」というのは言い訳だった!】である。

    私は、滅多に「忙しいから…」とは言わない。
    元々、そんなに忙しい人間でもないし、時間のやりくりは割と得な方なので、何とかしてしまう方なもので。
    私がこの言葉を言う時はほぼ、本当に忙しい時です。
    たまーに断り文句に使うこともありますケド。

    私の場合は「疲れたから…」というのがこの言葉に代わる言葉です。実際、非常に疲れやすく、やる気が減退することがしばしばあります。何かに対する「言い訳」という意味では、この言葉を使うことが多い。自分に使う言い訳としては、コレが一番多いでしょう。

    「疲れたから、今日はやらないで明日やろう」
    「疲れたから、今日はここまででいいや」などなど・・・実際に、自分が疲れやすいという特性から、それを言い訳にしてしまう。事実でもあるから、自分にウソをつくには納得出来そうですからね。

    恐らく、自分に対する言い訳は、概して「ある意味本当のこと」なのではないでしょうか。多分、「忙しいから・・・」という人は、本当に忙しいのでしょう。

    で、疲れたから…といっておきながら、早く寝るわけでもなく、本を読んだり、映画を観たり、メールやブログを書いたりしている自分がいる。
    好きなことはちゃっかりやっちゃうんですよね。
    それで、結局寝るのが遅くなって、次の日も疲れていて、また同じ言い訳。
    悪循環なワケです(笑)

    言い訳するのはちょっと、楽しくないことだったりする。
    資格の勉強なんかは最もたるものですね(爆)
    あなた、この前TOEIC受けたのいつかしら?言ってごらん?(´ヘ`;)ハァ
    あとは、雑用とかもですね。期限があるものに関しては、延ばして延ばして、締め切りギリギリにやったりしちゃう。早く年末調整の用紙書けよ。

    結局、悪循環を断ち切る方法を考えなくちゃいけないんですよね。
    私の場合は、早く寝ること然り、体力をつけること然り・・・方法はいくらでもあるわけです。忙しい方は、神部プロデューサーの記事にもある通り「時間の使い方」を考えることですよね。

    とりあえず、今日は昨日より早く寝るように行動しています(笑)

    最近、この辺のことは私自身、よく考えることでもあって、少しずつ努力をしているところです。やりたいことは大体やってる気はするけど、最近はやらなきゃいけないことからは逃げてる気がしていましたね。
    若くて体力があることは、こんなじゃなかったんですけどね。
    ホント20代の頃は、色んなことやりましたよ。学校にもいくつか行ったし、講演会なんかにもよく参加していました。

    気力が抜けてくると、内向きになって人生も内向きのつまらないものになってくる、と最近痛感しています。

    何か、新しいことをはじめたい。

    これは、最近の私の欲求。遊びじゃなくて、自分のためになる何か。
    好きなことは努力しなくてもやれるんだから、努力をすることを模索中です。言い訳する自分を情けなく思っていながら、考えないようにしている自分の不甲斐なさを受け止めなければ、多分、私はこのまま下降線でしょうから。

    「疲れてるから」「忙しいから」っていうのは、やっぱり理由にならないんですよね。のんびり生きているから努力しないってことはないわけで、やるべき事ややるべきだし、自分を活性化させるには努力は必要。

    ダラダラすることが楽することじゃない。逆説的ではありますが、楽に生きるためには、ある程度の頑張りは必要なのではないかと思っています。

    今日の、神部プロデューサーのお題は、非常に考えさせられるお題でございました。自分の「言い訳」について考えてみると何か発見があるかもしれませんよ。特に、最近マンネリ気味だなぁ〜と思っている方は、考えてみることをオススメします。

    2004.10.27 Wednesday 23:50

    『フィナンシャルジャパン』創刊記念講演 Part2

    おカネは、単体で見るとただの「紙切れ」。
    それに、価値をつける人がいるから成り立つ。
    欲しい人がいるから、金利は生まれる=ビジネスがあるところに金利は生まれる=資本主義

    けれども、金利は全体が儲からないと生まれない。
    つまり、経済を維持するには、拡大せざる得ない運命にあるということになる。これは、資本主義の特性とも言える。

    まず、日本という国は、いくら不況といっても食べられないほど貧しいわけでもなく、最低限食べるために人々はおカネを使う。つまり、必ず需要はあるわけです。需要があるところには、ビジネスが発生します。この関係がある限り、おカネは動くわけです。
    しかも、木村さんによると現在、一世帯あたり600万円の預貯金があるそうです。決して日本人が貧しいわけではないんですね。動くだけのおカネはあるんです。

    バブルが起こるのは、おカネがあまっているからで、これが物価上昇を招きます。以前のバブルは、経済規模の1割増でした。そして、現在は、4割増だそうで…となると…デフレスパイラルにはならないっつうことになります。(・ロ・)ホ,('ロ')ホ--ッッ!!!わかりやすいですね。おいらでもわかったぞ。
    経済は縮小傾向にはないと。

    となると、木村さんが仰ってることが正しそうですね。

    経済は、資本主義の特性通り、拡大している。
    停滞はしても、縮小はしていない。不況だ、おカネがないって言ってる今が4割増ですからね。おカネってあるところにはあるんだな。私はないけど(^^;)

    で、これを踏まえて、拡大再生産するのが資本主義の宿命だとしたら株式を買うのは真っ当な行為になる。木村さん曰く「株式は博打ではない」。
    定年に向って給料が下がる、というサラリーマンの現状を考えたら、むしろ王道じゃんか。自分の給料は下がるけど、資本主義の原則に基づく会社の株は拡大方向に向ってるっつうことでしょ?

    日本人ってどうも、株=賭け事って捕らえがち。
    私も以前、投信を買おうとしたら親に止められました。
    「あんなものは素人が買うものじゃない」と。
    木村さんも仰るように、「ほいじゃ、株式会社に勤めてるあなたはなんなんですか?」っていう話になっちゃいますよね。

    多分、印象として証券会社の前でピケ張ってるおばあちゃんとかよくいますが、そういう印象なんでしょうね。証券マンの甘言に乗せられて、ハイリスクハイリターンの株を買って、大損失みたいな。
    実際、そういったものの方がマスメディア的には、事件性もあるし電波や紙面に乗せやすい。となると、そういう情報ばかりが聞こえてくることになりますからね。

    株の全てが投機的なわけではないことは、会社勤めをしてる方ならお分かりでしょう。あなたの会社の株、どうですか?ついでに、同じビルに入ってる会社の株も考えて見ればわかりますよね。

    結局、どんな株を買うか、っていうことですよね。

    で、ココにも罠が潜んでいて、それは「情報」という罠。
    投資の情報誌や株でウン千万円儲けたとかいう、株式投資のハウツー本なんてものが巷にはごまんとあります。
    これらの情報の信憑性って考えたことあります?
    ココを考えましょう、っていうのが木村さんのご意見。

    雑誌は、各販売店に回るまでどのくらい日数がかかるのか。
    自分が儲けた株の銘柄や方法を教える奇特な人がいるのか、例え、教える人がいたとしても自分にも出来るのか、とか。
    私は、コレらについては日頃接する機会も多いせいか、買ったこともマジメに読んだこともありません。
    結局、情報の鮮度と応用が全てなんですよね。
    ヒントにくらいはなるかもしれませんが、実用性、即効性はありませんぜ。

    結局、自分で考えなきゃならんのですよ。
    で、そのために「フィナンシャル・ジャパン」っていう雑誌が出来たわけです。
    この雑誌、目次を読んだだけでもわかるようにやたらと、経営者の話が多い。さて、ナンデでしょう?
    自分の目と耳、判断力を使って投資対象を考えましょう、ってことらしいです。

    木村さんは、資本主義拡大再生産などから考えて長期分散投資、Buy&Forgetを推奨しています。
    極めて真っ当な考え方だと私は思うわけですが、例えば今、株価を上げてる企業があるとしましょう。それを今買って、損な場合と得な場合があるわけです。現時点では目に見えた利益を上げている。でも、将来は?と考えた時に、判断基準はなんでしょう?先見性って言う話になっちゃうと思いますが、先のことなんか誰にもわからんわけです。
    企業は即ちトップの考え方で動くわけですから、結局そこから先を読みとるしかないわけです。未来の社会背景とかをわかろうなんてもってのほかですし。

    ココは!と思う企業の株を分散して買う、あとは、本業に勤しむのが本来の姿。株に振り回されちゃいけないんです。
    株だけで食べていこうという変な考えは止めといた方がいいです。
    それこそ、博打になっちゃいますよ。

    まずは、生活防衛資金1000万円を貯めて、残りを株式投資に回せ!家なんか買ってる場合じゃないぞ、だそうです(笑)

    自分の価値を認めてくれるコミュニティを形成し、その中で出世し、おカネを稼ぐことを考えましょう、というのが木村さんの推奨する方向性です。
    あくまでも機軸は、自ら稼ぐこと。貨幣価値に振りまわされるのではなく、自分の価値を上げる働き方を模索すべきっていうことです。

    それこそ、老後の資金なんてものは確実に貯めなきゃいけませんからね。
    木村さんは、それなりに優雅な老後を送ろうと思ったら20年生きるとして1億円必要だと仰います。
    この数字、正しいですよ。私、以前実際にFPのスクールでライフプランを作ったことがあるんですが、ドンピシャ約1億と出ました。
    ズドーンと凹んだのを覚えています(爆)
    なんにせよ、確実に稼げる方法で、稼ぐべきなわけです。

    木村さん自らも仰っている通り、木村さんのお話を聞いていると、
    当たり前のことを、当たり前に見る目
    の重要性を思い知らされます。

    おカネのことを考える時数字って重要ですが、どの数字を見るべきかを取り違えると雲泥の差が出てしまいますよね。
    経済が拡大傾向なのか、縮小傾向なのか、ここの見方が違うだけでも考え方が全然変わっちゃいますものね。

    そうそう、勉強のために本を買う人のために本の選び方もちょっと説明されてましたよ。
    まず、タイトルに煽り臭が強いものは怪しい(実際に例も挙げて、内容についてもちょこっと解説してくれましたけど…それは伏せます)、そして最後に「この商品を買うには」とかいう連絡先がついている本も宣伝本なので、ダメだそうです(爆)

    新著の『おカネの発想法』はこの辺のことが書いてあるそうです。
    『おカネの発想法』が理論編で、『フィナンシャル・ジャパン』が応用編とのことです。

    ちなみに『木村剛の図解財産を守るための投資戦略の発想法』も、わかりやすくていいです。

    私は、『おカネの発想法』は会場で入手。
    もちろん、サイン本です。
    それと、特典の木村剛銀行券も入手(爆)
    KFi Clubと『フィナンシャルジャパン』の1000円割引券つきです。

    このほか、永田町こぼれ話みたいなのもあって、凄く面白かったです。
    意外とぶっちゃけというか毒吐きキャラなんですね…(爆)
    仕事帰りに行って眠くならなかった講演会は、はじめてかも。
    また、機会があったら是非、参加したいですね。

    <<new | 1 / 2pages | old>>
     
    PR
    CALENDAR
    NEW ENTRY
    ARCHIVES
    CATEGORY
    COMMENT
    TRACKBACK
    PROFILE
    もじでパーツ
    Rの本棚
    MOBILE
    LINK
    RECOMMEND
    RECOMMEND
    RECOMMEND
    RECOMMEND
    SEARCH
    OTHER

    (C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.